雲雀丘学園小学校は、6年間を「つながり」「たいけん」「ちょうせん」で動かす学校です。
雲雀丘学園小学校の特色をひと言でまとめるなら、6年間の育ち方に筋道がある学校です。公式では、学校全体の学びを「つながり」「たいけん」「ちょうせん」の3つで示しています。これは、見栄えのよい合言葉ではありません。誰と育つのか、何を通して実感するのか、どこで少し背伸びするのかが、日々の学校生活に落ちています。
この設計があると、学年が上がるたびに求められるものが急に変わりにくいです。低学年では安心して人と関わることから始まり、中学年では実際に触って考える経験が増え、高学年では自分で決めて動く場面が大きくなります。雲雀丘学園小学校は、学力を積み上げる前に、育ち方の順番をかなり丁寧に置いている学校だと言えます。
受験を考える家庭にとって大事なのは、この3つを別々の特色として見ることではありません。つながりで安心をつくり、たいけんで学びを自分のものにし、ちょうせんで殻を破る。この流れが家庭の考え方と合うかどうかが、学校選びの芯になります。
「つながり」は、人数の多さを教育の力に変える仕組みです。
雲雀丘学園小学校は、公式で「私立小学校の中でも屈指の児童数を誇る学校」と案内しています。人数が多い学校というと、見てもらえるのか不安になる保護者もいます。けれど、雲雀丘学園小学校は、その人数の多さを、人と関わる力を育てる材料として使っています。たくさんのクラスメイトがいること、面倒見のよい上級生がいること、学年をまたいだ関わりがあることを、学校の強みとして前に出しています。
ここで育つのは、にぎやかさに慣れる力だけではありません。相手によって話し方や関わり方を少し変えることです。同じ年の友だちには元気に話せても、年上の子には遠慮してしまう子は少なくありません。逆に、下の子にどう接していいかわからない子もいます。人数が多く、関わる相手が多い環境では、そうしたぎこちなさを少しずつほどいていけます。学校生活そのものが、人との距離感を学ぶ場になります。
きょうだい学級は、異学年交流を行事で終わらせません。
雲雀丘学園小学校の「つながり」で特に目を引くのが、きょうだい学級です。1年生と6年生、2年生と4年生、3年生と5年生が同じクラスどうしでペアになり、1年間を通して一緒に活動します。異学年交流という言葉だけなら珍しくありませんが、この学校では、朝の集会や遊び、タブレットの使い方を教える場面まで、関わりが具体になっています。
1年生にとっては、学校の中に頼れる上級生がいることが大きな安心になります。入学したばかりの時期は、教室の外の動きだけでも緊張しやすいです。そんなときに、顔を知っている6年生がいて、声をかけてもらえるだけで学校の景色が変わります。6年生にとっても、ただ優しくするだけでは足りません。どう言えば伝わるか、どう待てば安心できるかを考える必要があります。人に教えることが、そのまま自分の育ちにもなります。
最近の学校ブログでも、5年生が3年生のために遊びを考え、進行まで担当した様子が紹介されています。ここで見えてくるのは、上級生がただ面倒を見るのではなく、相手が楽しめる形を自分たちで考えていることです。雲雀丘学園小学校の「つながり」は、関係の深さだけではなく、関わり方の工夫まで含んでいます。
人とのつながりは、安心だけでなく、表現の土台にもなります。
学校生活で自分の言葉が出るかどうかは、能力だけでは決まりません。安心できる相手がいるかどうかでかなり変わります。雲雀丘学園小学校では、たくさんの人に囲まれながらも、異学年のつながりや先生との距離の近さで、その安心を作ろうとしています。だからこそ、あとで出てくる総合発表会や自由行動のような大きな場面にもつながりやすいです。いきなり1人で前に立つのではなく、関係の中で少しずつ前へ出る力を育てているのです。
「たいけん」は、知識を覚える前に、手ざわりを残す学びです。
雲雀丘学園小学校の「たいけん」は、見学の多さではありません。やってみることで、あとから知識が入る余地を作る学びです。公式ページでは、グローバル研修、ひばりの里、姉妹校との交流、宿泊体験、総合発表会などが並んでいますが、共通しているのは、ただ参加するだけで終わらないことです。やってみたあとに、自分の中で考え直す流れがきちんとあります。
受験を考えると、どうしても机の上での準備に目が向きます。けれど、小学校に入ってから伸びる子は、答えを知っている子だけではありません。見たこと、触ったこと、うまくいかなかったことを、自分の言葉で持ち帰れる子です。雲雀丘学園小学校の体験は、その材料をかなり多く持たせてくれます。
ひばりの里は、自然に触れるだけの場所ではありません。
「たいけん」の中でも、雲雀丘学園小学校らしさがよく出ているのが「ひばりの里」です。1年生と2年生は生き物さがしをしながら自然への関心を深め、3年生は田起こし、田植え、草抜き、稲刈り、脱穀まで米作りを体験し、最後はおにぎりを作って食べます。4年生になると、里池の成り立ちや生き物の暮らしを学んだうえで、自分で決めた生物の調査活動を行います。
ここで大切なのは、学年ごとに体験の深さが変わっていくことです。低学年では、まず自然に近づきます。中学年では、自分で手を動かして育てる経験が入ります。さらに4年生では、見つけた生き物をその場の偶然として終わらせず、この里池をどう守るかまで考えます。体験が、観察に変わり、観察が、自分なりの問いに変わっていく流れがあります。
3年生の学習記録でも、1年間の米作りの中で、農薬を使わないことの大変さや、生き物と田んぼの関係まで考えた様子が紹介されています。つまり、雲雀丘学園小学校の体験は、楽しかったで終わるものではありません。体を動かしたあとに、自然や食べ物や働くことを考えるところまで入っています。知識を教え込む前に、考えたくなる実感を作っているのです。
グローバル研修は、英語を習う時間ではなく、英語で過ごす時間です。
雲雀丘学園小学校のグローバル研修も、かなり独自です。外国人講師と10名程度の少人数で、丸1日英語漬けで過ごします。遊びや会話、プレゼンに挑戦しながら、英語を知識ではなく、使ってみる言葉として体に入れていきます。しかも、1年生も入学直後の5月に参加します。最初から、わかってから話すのではなく、話しながら慣れていく設計です。
少人数で行う理由も明確です。普段の授業よりも人数を絞り、思い切って話せる空気を作ることで、通常の英語授業につながる積極性を育てています。研修の最後には成果発表会があり、保護者がその姿を見ることもできます。ここには、できたかどうかだけでなく、言葉を使って前に出る経験そのものを大切にする学校の考え方が表れています。
英語教育というと、単語量や発音のきれいさに意識が向きがちです。けれど、雲雀丘学園小学校が先に育てているのは、通じなくても止まらない心でしょう。わからない単語があっても聞いてみること、恥ずかしがらずに口に出してみること、その小さな前進を積み重ねる場として、グローバル研修が置かれています。
「ちょうせん」は、できる子だけの舞台ではなく、少し背伸びする場です。
雲雀丘学園小学校の「ちょうせん」は、競争の強さを求めるものではありません。公式ページでも、「できるかな」「あと少し」「くやしい」といった気持ちを大事にしながら、少しのちょうせんで心も身体も成長する機会を置いていると説明されています。ここが大きなポイントです。失敗しないことより、やってみることに価値を置いています。
そのため、ちょうせんの場面は特別な一部の子だけに用意されているわけではありません。英語で1日過ごすことも、約1000人の前で表現することも、1km遠泳も、修学旅行の自由時間の計画も、それぞれ形は違っても、自分を少し広げる経験として置かれています。しかも、いきなり高い壁を置くのではなく、低学年から中学年の体験とつながっています。
総合発表会は、「人前で話せる子」を選ぶ場ではありません。
雲雀丘学園小学校の公式ページでは、総合発表会について、約1000人の観客の前で1人ずつセリフを言う場と紹介しています。これだけでも、かなり大きな挑戦です。大人でも緊張する規模ですから、小学生にとってはなおさらです。けれど、この行事の価値は、上手に言えたかどうかだけではありません。緊張の中で、声にのせて自分を表現する経験そのものにあります。
ここで効いてくるのが、これまで積み上げてきた「つながり」と「たいけん」です。人との関係の中で安心を知り、日々の体験の中で話したい中身を持っている子は、舞台の上でも空っぽになりにくいです。雲雀丘学園小学校は、発表会だけが浮いている学校ではありません。前に立つための下地を、普段の生活で作っています。
5年生の1km遠泳は、記録よりも「越える感覚」を残します。
5年生の臨海学舎では、1km遠泳に挑戦します。しかも、学校の体育では、1年生から少人数でレベルに応じた指導が続いており、その積み重ねで5年生の遠泳につながると案内されています。つまり、高学年になって急に大きな課題を与えるのではなく、日常の体育がその準備になっています。
ここでも雲雀丘学園小学校らしいのは、結果だけを切り取らないことです。遠くまで泳ぐという見た目のインパクトより、自分ができるところから少しずつ距離を伸ばし、最後に大きな達成感へつなぐ流れに価値があります。受験を考える家庭から見ると、この学校は完成された子を求めるというより、挑戦の途中で踏ん張れる子を育てようとしている学校だと感じやすいでしょう。
修学旅行の自由行動は、自由に見えて、かなり深い学びです。
6年生の修学旅行では、見学先や移動方法、時間の使い方まで自分たちで計画する自由行動が組まれています。2025年の学校ブログでも、長崎での自由散策に向けて、子どもたちが約半年前から調べ、40あまりのグループで行き先や市電の時刻、滞在時間まで自分たちで考えていたことが紹介されています。さらに、5年生の段階から、しおり作りや必要な情報の整理を通して、その準備が始まっています。
自由と聞くと、好きに動ける楽しさが先に見えます。けれど、実際には、何を見たいかを決めること、時間内に回れるように取捨選択すること、仲間と意見をすり合わせることが必要です。これは、ただの旅行準備ではありません。考えて動くことを現実の場で試す学びです。雲雀丘学園小学校の「ちょうせん」は、勢いだけの挑戦ではなく、自分で決める力まで含んでいます。
この3つがそろうと、子どもは「守られながら前に出る」ようになります。
雲雀丘学園小学校の強みは、やさしい学校なのか、活発な学校なのか、という2択に収まらないことです。人とのつながりで守られながら、体験で中身を持ち、挑戦で少し外へ出る。その順番があるので、いきなり無理をさせる感じが薄いです。安心の中で背中を押す学校、と言うと近いかもしれません。
この見方に立つと、人数の多さも、行事の多さも、体験の豊かさも、ばらばらの魅力ではなくなります。全部が、子どもを少しずつ外へ向かわせるための仕掛けとしてつながって見えてきます。雲雀丘学園小学校は、派手な成果だけで学校を語るのではなく、育ちの流れを学校全体でそろえているところに独自性があります。
受験で見たいのは、完成度より、「人と学びに向かう姿」です。
この学校を受ける家庭が準備で意識したいのは、きれいな受け答えを作り込むことだけではありません。人と関わるときの自然さです。声をかけられたら返事ができるか。友だちと一緒にやる場面で、固まりすぎずに動けるか。知らないことにも、少しやってみようとするか。そうした姿のほうが、学校の3つの学びと重なります。
家庭でできることも、特別なものばかりではありません。年上の人に会ったらあいさつをすることです。初めてのことでも、すぐに正解を教えずに、どうしてみたいかを聞くことです。外で見たものや感じたことを、家に帰って話せる時間を作ることです。体験を言葉にする習慣がある子は、学校でも伸びやすいです。
逆に、失敗しないことを優先しすぎると、雲雀丘学園小学校らしさとは少し離れます。間違えない子より、やってみる子。言われた通りに動くだけの子より、自分で考えようとする子。その方向に家庭の声かけが向いていると、この学校との相性は見えやすくなります。
雲雀丘学園小学校の独自性は、6年間の流れが切れないことです。
学校の特色は、1つの行事だけでは見えません。雲雀丘学園小学校は、つながりで学校に居場所を作り、たいけんで学びに実感を与え、ちょうせんで自信へつなげる流れを、6年間の中で切れずに置いています。だから、低学年のかわいらしい体験も、高学年の大きな挑戦も、同じ学校の教育として無理なくつながります。
受験校として見るときも、この流れに家庭がしっくりくるかが大切です。人との関わりを大事にしたいか。経験の中で学ばせたいか。少し背伸びする場面を、失敗も含めて応援したいか。その問いにうなずけるなら、雲雀丘学園小学校は、かなり魅力のある選択肢になるでしょう。
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参考文献。
学校全体の学びを「つながり」「たいけん」「ちょうせん」の3つで示していることを確認できます。
私立小学校の中でも屈指の児童数と案内していることや、親孝行の日、先生や異学年との関わりの考え方を確認できます。
グローバル研修、ひばりの里、宿泊体験、総合発表会など、体験学習の中身と学年ごとの活動を確認できます。
英語で1日過ごす日、ニュージーランド研修、修学旅行の自由行動、総合発表会、1km遠泳など、挑戦の設計を確認できます。
学年ごとの宿泊行事やグローバル研修、親孝行の日、総合発表会など、年間を通した行事の配置を確認できます。
きょうだい学級が、1年生と6年生、2年生と4年生、3年生と5年生の組み合わせで1年間活動する取り組みであることを確認できます。
3年生の米作りが、田植えから収穫、しめ縄作りまで続く1年の学びであり、農薬や生き物との関係まで考えていることを確認できます。
長崎での自由散策に向けて、子どもたちが行き先や時刻、滞在時間まで自分たちで調べて計画していることを確認できます。
