ことばと社会性の芽を、日常のやりとりで育てる
子どもがこちらをじっと見て笑い返してくれた瞬間や、まだはっきりしない声で何かを伝えようとしているとき、多くの大人は「今、心が通じた気がする」と感じます。ことばは急に増えるものではなく、こうした小さなまなざしや声のやりとりの積み重ねから少しずつ芽生えていきます。顔を見て語りかけることや、それに応えてくれる反応を受け止めることが、ことばと社会性の育ちの土台になると言えます。
ここでは、この考え方を「ことばの土台づくり」と呼びます。ことばの土台づくりとは、単語の数を増やそうとする前に、表情や身振り、音を通して「伝える、伝わる」の経験をゆっくり重ねていくことです。発音のはっきりさや単語の量だけに目を向けるのではなく、お互いの心が動いた瞬間を大事にする視点だと受け止めていただけると良いと思います。
顔を見て話しかけることが、ことばと安心感を育てる
生まれて間もない時期から、子どもは人の声や表情にとても敏感です。抱っこをして顔を近づけ、「気持ちいいね」「お腹すいたかな」と穏やかに語りかけるだけでも、子どもは目の動きや手足の動きで応えるようになります。このようなやりとりは、まだ言葉になっていなくても、「自分の気持ちを受け止めてもらえた」という経験を積み重ねる時間になります。
顔を見て話すことは、声を届けるだけでなく、口の形や表情を見せることでもあります。子どもは、大人の口の動きを自然とまねしながら、音の出し方や抑揚を学んでいきます。「返事をさせなければ」と構える必要はなく、子どもが視線をそらしたら景色を一緒に眺める、眠そうなら静かに抱きしめるなど、そのときどきの様子に合わせて関わること自体が、安心感と信頼を育てる土台になります。
応答的なやりとりを、日常の中で増やす
応答的なやりとりとは、子どもが出しているサインに対して、大人がタイミングよく反応を返すことです。笑いかけに笑顔を返す、指さした先を一緒に見る、「あ」と声を出したら「聞こえたよ」というように穏やかに声を返すなど、小さな応答で十分です。こうしたやりとりが増えると、「声を出すと返ってくる」「指さすと見てもらえる」という予想が持てるようになり、ことばを使ってみようとする気持ちが育ちやすくなります。
家事の合間や移動中の短い時間に「今、どこに行くところか」「何をしているところか」を言葉にしてみるのも良い方法です。長い説明は必要なく、「お水を入れているよ」「お外に行く準備をしているよ」といった短い言葉を、実際の動きとセットで伝えることで、子どもの頭の中にことばと場面のつながりが積み重なっていきます。
指さしや見せに来る動きは、ことばの前の大事なサイン
子どもが何かを指さしてこちらを見る、手に持ったおもちゃを大人のところに持ってくる、誰かのしぐさをまねして笑う姿などは、すべてコミュニケーションのサインです。「あれを見てほしい」「これを一緒に楽しみたい」といった気持ちが、まだ言葉にならない形で表に出ていると考えられます。これらは、ことばの前ぶれとしてとても大切な行動です。
指さしが見られたときには、ただ「指さしたね」と眺めるだけではなく、「ワンワン見つけたのかな」「赤い車かな」というように、子どもの関心に寄り添った言葉を添えると、やりとりが一歩深まります。おもちゃを見せに来たときも、「見せてくれてありがとう」「それ、光ってきれいだね」と、子どもが差し出した行動に対して言葉で応えることで、「見せると伝わる」という感覚が育ちます。
まねをすることが、ことばと社会性の練習になる
大人やきょうだいの動きをまねすることも、ことばと社会性の大事な芽です。手を振る、拍手をする、電話のまねをするなど、生活の中でよく目にするしぐさを取り入れながら、「バイバイしてくれたね」「お電話しているつもりかな」と言葉を添えてあげると、行動と意味のつながりが少しずつ整理されていきます。
逆に、大人が子どものしぐさや声をまねしてみせることも、子どもにとってはうれしいやりとりになります。子どもが発した意味のないように聞こえる声や動きも、「自分がきっかけになって相手が反応してくれた」という経験につながり、やりとりを続けたいという気持ちを支えることになります。
読み聞かせや手遊び歌で、ことばと心の動きを広げる
絵本の読み聞かせや手遊び歌は、ことばを教え込むための時間ではなく、一緒に楽しむ体験です。絵本の場面に合わせて声の調子を変えたり、登場人物の気持ちを一緒に想像したりすることで、子どもはことばと感情のつながりを自然と学んでいきます。短いフレーズのくり返しや、リズムのあることばは、子どもにとって覚えやすく、口に出してみたくなるきっかけになります。
手遊び歌では、手の動きとことばがセットになっています。「上にのびる」「丸くなる」といった動きを身体で表現しながら言葉を聞くことで、意味のイメージがつかみやすくなります。むずかしい歌を選ぶ必要はなく、家族が口ずさみやすい歌を、機嫌の良いときに楽しめれば十分です。毎日決まった時間でなくても、その日そのときの余裕に合わせて取り入れることで、長く続けやすくなります。
身近な物の名前当てで、語彙を暮らしの中に増やす
家の中やお散歩中には、ことばのきっかけがたくさんあります。冷蔵庫の前で「これは何かな」と遊ぶように尋ねたり、「靴はどこにあるかな」と一緒に探したりすることは、身近な物の名前や場所を覚える練習になります。子どもが指さした物に対して「これはリンゴだね」「青い車だね」と応えていくことで、語彙が少しずつ増えていきます。
大切なのは、クイズのように正解を言わせることではなく、「楽しく当てっこをする時間」を共有することです。答えられなくても、「一緒に探してみようか」「これはこう言うんだよ」と穏やかに教えれば十分です。間違えたときに何度も言い直させるより、正しい言い方を自然に添えてあげる方が、子どもにとっても負担が少なく、続けやすい関わり方になります。
簡単な指示が通る経験を、遊びの中で増やす
「ボールをちょうだい」「あっちを見てみよう」といった短く分かりやすい指示が通るようになることも、ことばの発達を見ていくうえで重要な目安です。言葉そのものを理解しているかどうかに加えて、「人の言葉を聞いて、動きで応える」という経験そのものが、社会性の育ちにもつながっていきます。
指示を出すときには、できるだけ短い言葉で、身振りや視線も合わせて伝えると、子どもは理解しやすくなります。例えば「靴を持ってきてほしい」ときには、靴を指さしながら「靴、持ってきてくれる」と伝えると、言葉と動きの関係が分かりやすくなります。できたときには、「持ってきてくれて助かった」「ありがとう」と、結果だけでなく気持ちも言葉にして伝えることで、指示を聞くことが「うれしい経験」として残りやすくなります。
遊びの流れの中で、お願いと応答を体験する
簡単な指示は、遊びの中に取り入れると自然に増やせます。ボール遊びなら「投げてみよう」「次は転がしてみよう」、おままごとなら「お皿をここに置いてほしいな」「お茶を注いでくれる」といった言葉が使えます。命令というより、「一緒に遊びを進めるためのお願い」として伝えることで、子どもはことばがやりとりを回す力を持っていることを実感しやすくなります。
うまく伝わらなかったときには、言葉を変えたり、身振りを増やしたりして伝え直すことも大切です。子どもが動けなかったからといって、「できない」と決めつけるのではなく、「今の伝え方が難しかったかもしれない」と、一度自分側の言い方を振り返る視点を持つと、親子ともに気持ちが楽になります。
発音や語彙の個人差を、伝わる工夫と一緒に見ていく
発音のはっきりさや、知っている言葉の数には大きな個人差があります。同じ年齢でも、大人とよく会話をする子もいれば、短い言葉に身振りを足して伝える子もいます。話し言葉が少なくても、視線や指さし、表情などで気持ちを伝えられている場合は、コミュニケーションの土台はしっかり育っていることが多いと言われています。
ことばの目安を見るときには、「その年齢で何語話せるか」だけではなく、「自分なりの方法で伝えようとしているか」「大人が工夫すればやりとりが続けられるか」という点も一緒に見ていくと良いでしょう。聞き返されたときに、言い方を変えてみたり、指で示してみたりできているかどうかも、コミュニケーションの柔らかさを知る手がかりになります。
比べすぎずに、気になるサインを整理する
周りの子と比べて「うちの子はことばが少ないかも」と感じることは自然なことです。ただ、その不安だけで判断するのではなく、気になる様子を少し整理してみると良いかもしれません。名前を呼んだときの振り向き方や、指さしで教えてくれる場面の有無、大人の指示に対する反応のしかたなど、一日の中で見られるサインを書き出してみると、見えてくるものがあります。
例えば、「音はよく出ているが、意味のある言葉がほとんどない」「身振りや指さしもほとんど見られない」「視線がなかなか合わない」といった様子が長く続く場合は、早めに専門家に相談した方が安心につながることがあります。一方で、ことばの数は少なくても、身振りや表情が豊かで、家族とのやりとりを楽しめている場合は、様子を見ながら関わりを続けていくという選択肢もあります。
心配になったときに、相談先と伝え方を準備する
ことばや社会性に関する不安をひとりで抱え込む必要はありません。地域の保健センターや子育て支援センター、自治体の育児相談窓口などでは、乳幼児健診の結果に限らず、日ごろの気がかりについて話を聞いてもらうことができます。小児科や、ことばの発達を専門に見る医療機関、言語聴覚士がいる相談機関に紹介してもらえる場合もあります。
相談するときには、「何歳で何語話しているか」だけではなく、「どんな場面で困りやすいか」「どんなときに楽しそうか」といった情報も一緒に伝えると、その子の全体像が伝わりやすくなります。動画やメモを見せながら説明するのも良い方法です。「今すぐ診断してほしい」という気持ちだけでなく、「家庭でどんな関わり方ができるか知りたい」という視点も共有することで、専門家との協力関係が築きやすくなります。
ことばと社会性の育ちは、一直線の坂道ではなく、寄り道や足踏みをくり返しながら進んでいく道のようなものです。顔を見て語りかける時間や、一緒に笑う瞬間、指さしやまねを通じて「伝わった」と感じる体験の積み重ねが、その子なりのペースでことばの芽を育てていきます。目安の表や周りの子と見比べながらも、最終的には目の前の子どもの表情をいちばんの手がかりにして、必要なときには外部の助けも借りながら歩んでいけると良いのではないでしょうか。
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厚生労働省 乳幼児健診における標準的な項目一覧 厚生労働省公式サイト 内のPDF資料
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