この記事は、1人の意見だけでなく、複数の研究や公的情報、さらに多くの研究をまとめて見た情報を参考に、家庭で考えやすい形に整理しています。
同志社小学校の芯は、道草教育にあります
同志社小学校を考えるとき、いちばん先に見たいのは、どれだけ先取りをしているかではありません。どんな学び方を大切にしている学校なのかです。ここが見えると、受験準備の方向も、家庭での声かけも、かなり変わります。
この学校らしさを1つ挙げるなら、やはり道草教育です。まっすぐ正解へ向かうことだけをよしとせず、立ち止まり、気づき、考え、試し、友だちと確かめる時間に価値を置いています。学ぶことを急がせるのではなく、学びが自分の中から動き出す瞬間を大切にしている学校だと言えます。
だから家庭でも、すぐに答えを渡すより、「どう見えたのかな」「そう思ったのはどこだったのかな」と、子どもの考えが出てくるのを待つ姿勢が合いやすいです。答えの速さより、考える時間を持てること。その積み重ねが、同志社小学校の学び方につながっていきます。
道草教育は、遠回りではなく、自分で学びを動かす時間です
道草という言葉だけ聞くと、自由で楽しそうではあるけれど、学力につながるのかと心配になる方もいるでしょう。けれど、同志社小学校が大切にしている道草は、ただ気ままに過ごす時間ではありません。学校では、与えられる学びではなく、自ら答えを導き出す学びとして説明しています。さらに、答えそのものだけではなく、そこへ向かう途中の考え方や試行錯誤を大切にした深い学びとして位置づけています。
ここで育てたいのは、言われた通りにこなす力だけではありません。自分で問いを持つこと。わからないままでも考え続けること。試してみて、違ったらやり直すこと。人の考えを聞いて、自分の見方を広げること。こうした力は、小学校の学びだけでなく、その先の中学、高校、大学、そのさらに先でも残る土台になります。
受験の準備でも、この視点は大切です。よく見える答え方だけを整えるより、話を聞いてから考えること、途中で迷っても投げ出さないこと、自分の言葉で少しずつ話せることのほうが、学校の考え方には自然に重なります。
1年生の1日にも、道草教育はしっかり入っています
同志社小学校の学校生活を見ると、道草教育は特別な行事だけに置かれているわけではありません。1年生の1日の流れの中でも、2時限目に「道草」の時間が置かれています。そこで子どもたちは、体験を通して学びを広げたり深めたりしながら、主体的に学ぶことの大切さを身につけていきます。
この配置は象徴的です。道草は、授業の外側にあるおまけではありません。学校生活の中核に近い場所に置かれています。知識を教わる時間と並んで、自分で学びを動かす時間が確保されている。その設計自体が、同志社小学校の独自性です。
「道草」の中身は、かなり多彩です
学校では、「道草」の時間を、総合的な学習、児童会活動、縦割り活動、学級会、学年活動などの総称として紹介しています。少し難しく見えるかもしれませんが、言い換えると、教科の枠だけに収まらない学びを束ねた時間です。探究活動という、自分で問いを立てて調べたり考えたりする学びもあれば、直接体験や創造的な活動もあります。
ここで大事なのは、体験が中心にあることです。見て終わるのではなく、触れてみる。聞いて終わるのではなく、やってみる。自分1人で終わるのではなく、友だちと確かめる。その往復の中で、知識が自分の中に根を張っていきます。
日常に置き換えると、散歩の途中で見つけたものに立ち止まること、図鑑を開いて比べてみること、作ったものがうまくいかなければもう1回試すことも、同じ方向の学びです。派手な経験を増やす必要はありません。小さな興味を流さないことのほうが、ずっと大切です。
同志社小学校の道草教育は、異学年の関わりでも深まります
この学校の学びは、同じ学年の中だけで完結しません。学校生活では、ワイルド・ローヴァーと呼ばれる異学年活動があり、上級生と下級生が一緒に給食、掃除、遠足、スポーツフェスティバルなどに取り組みます。年上が教え、年下が見て学ぶだけではなく、支え合いながら過ごす中で、共に生きる感覚を育てていく設計です。
ここには、同志社らしい人間観が表れています。自分だけができればよいのではなく、誰かと一緒に場をつくることが大切だという考え方です。道草教育が「自分で考える力」を育てる一方で、異学年活動は「人とともに動く力」を育てています。この2つが別々ではなく、日々の学校生活の中で重なっているところに、同志社小学校の厚みがあります。
家庭で見ておきたいのも、この重なりです。自分のことを自分でやるだけではなく、誰かを待てるか。困っている人に気づけるか。手伝ったあとに、やってあげたという顔にならないか。そうした姿は、学力の見えやすさとは別のところで、学校生活への入りやすさをつくっていきます。
英語教育は、先取りの競争ではなく、世界への窓です
同志社小学校では、1年生から英語の授業が週3回あります。これを聞くと、入学前から英会話教室に通わせておいたほうがよいのではないかと不安になるご家庭もあるでしょう。けれど、学校のよくある質問では、入学前から英語を習わせる必要はないと明確に示されています。
その理由も、同志社小学校らしいです。この学校の英語教育は、単なる言語教育ではなく、子どもたちの興味関心を引き出し、世界に向けた大きな視野を持つ子どもを育てることを目的にしています。つまり、英単語をどれだけ知っているかだけが中心ではありません。ことばの違いを面白がれること。知らない文化に身構えすぎないこと。伝わらなくても、もう1回話してみようと思えること。そうした姿勢のほうが、本質に近いのです。
英語の授業は、少人数で行われています
学校生活の案内では、英語の時間は週3回の40分授業で、少人数グループで行うと紹介されています。さらに、さまざまな国籍を持つ教員が1人ひとりと向き合いながら、多彩な活動を取り入れているとされています。ここで育てたいのは、ただ英語に慣れることだけではありません。ことばの違いだけでなく、文化や暮らしの違いにも触れながら、多様な角度から世界を見る目を育てていくことです。
この点を知ると、家庭での準備も見えてきます。大切なのは、英語の見栄えを早く作ることではありません。初めて聞くことばや、知らない国の話に出会ったときに、「こわい」より「へえ」と言えることです。知らないものを拒まない心の柔らかさが、英語の授業を受け取る土台になります。
同志社全体とのつながりが、英語を生きたものにします
同志社小学校には、同志社国際学院初等部との合同リトリートキャンプや、同志社大学の留学生との交流など、学園全体の連携を生かした学びがあります。英語は教科書の中だけで完結せず、人との出会いの中で使われることばとして経験しやすい環境です。
このため、家庭でも完璧な発音や早い返答を求めすぎなくて大丈夫です。知らないことばが出てきたときに、「おもしろいね」「どこの国のことばかな」と受け止める空気があるだけで、学び方はかなり変わります。同志社小学校の英語は、点を取りにいくための英語というより、世界とつながるための入口として考えるほうがしっくりきます。
専科教員が多いことは、学びの豊かさであり、生活の土台も求められるということです
同志社小学校では、1年生でも英語、音楽、体育、書写、図工、宗教を専科教員が担当します。3年生からは理科も加わります。担任の先生がすべてを受け持つ形ではなく、それぞれの教科を専門性のある先生と学ぶ時間が早くから入ってくる学校です。
これは大きな魅力です。教科ごとに違う先生と出会うことで、子どもは学びの入口を複数持てます。英語ならことばの世界へ、音楽なら音やリズムへ、図工なら手を動かして生み出す世界へ、それぞれ違う角度から引き込まれていきます。学びが1人の先生の色だけに寄らず、複数の大人との関わりの中で広がっていくのです。
ただ、別の角度から見ると、ここには生活の基礎も必要です。先生が変わるたびに、気持ちを切り替えること。話し方やルールの違いを受け止めること。持ち物や姿勢を整えて授業に入ること。こうした日々の基本があるほど、専科制のよさを受け取りやすくなります。
受験準備で見たいのは、能力の高さだけではありません
同志社小学校を目指す場合、知的な早さだけを磨いても、学校生活にそのままつながるとは限りません。専科の授業が多い学校では、聞く姿勢、始まりを待つ姿勢、終わりを受け止める姿勢がかなり大切です。座れるかどうかだけではなく、場面が変わったときに自分を立て直せるかどうかが問われます。
家庭でも、朝の準備を一定の流れで行うこと、持ち物をしまう場所を決めること、話している人のほうを向くことなど、ささやかな習慣が役に立ちます。特別な訓練に見えないことほど、入学後の安定につながりやすいです。
同志社小学校に合いやすいのは、興味を消さずに育てたい家庭です
道草教育、少人数の英語、専科教員による授業、異学年活動。これらをまとめて見ると、同志社小学校は、子どもをきれいに整えて見せる学校というより、子どもの中にある動きを育てる学校だと見えてきます。興味を持つこと。やってみること。人と関わること。考えを言葉にすること。その一連の動きを、学びとして受け止めてくれる学校です。
そのため、家庭との相性も大切です。すべてを正しくさせることより、試したことを受け止めること。失敗をすぐ評価しないこと。比べて急がせないこと。こうした空気があるほど、学校の教育と家庭の教育がぶつかりにくくなります。
もちろん、のんびりしていればよいという意味ではありません。同志社小学校は、自由に見えて放任ではありません。主体性とは、自分勝手とは違います。自分で考え、相手を見ながら動くことです。ここを取り違えないことが、この学校を理解するうえで大切です。
家庭で今日からできることは、答えを減らして、問いを増やすことです
同志社小学校の学び方に近づけたいなら、家庭で大きく変える必要はありません。むしろ、小さな変化のほうが続きます。子どもが何かに気づいたときに、「それはこうだよ」とすぐ教える代わりに、「どこでそう思ったの」と返してみること。うまくできなかったときに、「なんでできないの」ではなく、「もう1回やるなら、どうする」と聞いてみること。そのやりとりが、考える力を少しずつ育てます。
声かけも、少し変えるだけで十分です。「早くして」より、「何からやると進みそうかな」。「正しく答えて」より、「考えたことを聞かせてね」。「間違えないで」より、「試してみようか。違ったら直せば大丈夫だよ」。こうした言葉は、子どもを追い込まずに、自分の中から動くきっかけを作ります。
もう1つ大切なのは、生活の骨組みです。主体的に学ぶ学校だからこそ、土台になる生活リズムがあると学びが安定します。起きる時間、支度の流れ、持ち物の置き場所、話を聞く姿勢。こうした毎日の型があると、学校で使う力を学びに回しやすくなります。
現時点で公開されている募集情報からも、学校の考え方が見えてきます
現時点で学校サイトに公開されている一般入学考査の案内では、2026年度の募集人数は第1学年男女計約60名とされています。出願はインターネットのみで、窓口や郵送では受け付けていません。また、出願時には「本校志望の理由」と「志願者について」を文章で準備する必要があります。
この点も、同志社小学校らしいところです。子どもだけを見るのではなく、家庭が学校の教育方針をどう理解しているかを確かめようとしているからです。道草教育や良心教育に共感できるか。主体的に学ぶ子どもを、家庭でも支えられるか。そうした一致が大切にされている学校だと言えるでしょう。
受験準備は、できることを増やす作業であると同時に、家庭の考え方を整える時間でもあります。同志社小学校を目指すなら、何をできるようにさせるかだけでなく、どんな子どもに育ってほしいのかを、家族で言葉にしてみることが役立ちます。
同志社小学校らしさは、学びの途中を大切にするところにあります
同志社小学校は、結果だけを見て子どもを測る学校ではありません。道草教育を中心に、自分で考えること、人と学ぶこと、違いに出会うこと、体験から深めることを大切にしています。英語も、専科制も、異学年活動も、その方向へきれいにつながっています。
そのため、この学校が合いやすいのは、一直線に成果だけを追いたい家庭より、子どもの中から育つものを大切にしたい家庭でしょう。遠回りに見える時間の中で、実は深い根が育っていく。その感覚を共有できるなら、同志社小学校の毎日はかなり豊かなものになるはずです。
学校選びは、知名度やイメージだけで決めるものではありません。学び方の相性を見ることが大切です。同志社小学校の道草教育に惹かれるなら、それは単なる特色への共感ではなく、子どもの育ち方そのものへの共感かもしれません。そこまで見えてくると、受験準備の意味も少し変わってくるでしょう。
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参考文献
同志社小学校 同志社小学校の1日。
「道草」の授業では、探究活動や直接体験、創造的な活動などで、子どもたちは主体的に学ぶ態度や姿勢を深めます。
同志社小学校 よくある質問。
本校の英語教育は単なる言語教育ではありません。子どもたちの興味関心を引き出し、世界に向けた大きな視野をもつ子どもを育てることを目的としています。
同志社小学校 教育の柱。
本校ではこの基本理念に基づき「良心の涵養」「自治自立精神の形成」「国際人の育成」を教育理念として掲げています。
同志社小学校 同志社の連携プログラム。
ロースクールの先生方と学生の方に協力いただき、6年生を対象とした、模擬法廷体験を実施。
同志社小学校 ご挨拶。
人才の養成より人物の養成。
同志社小学校 入学考査 一般。
なお、出願いただく項目に「本校志望の理由 450文字以内」「志願者について 300文字以内」があります。
